オンライントレードをめぐるシステムートラブルの可能性をゼロに近いところにまで低めていくためには、極端にいえばインターネットを構成するすべてのコンピュータや回線の性能を今よりも向上させる必要があるでしょう。
それは、一証券会社ではもちろん、証券業界全体で取り組んだとしても解決できない課題であるといわざるを得ません。
オンライントレードの便利さが、個人投資家によるリスクの高い投機的な取引を助長しているという指摘もあります。
迅速な注文処理が可能で、豊富な投資情報、市場情報も人手できるオンライントレードは、ごく一般的な個人投資家の取引環境をプロの機関投資家なみにまで向上させたといえるでしょう。
このこと自体は、画期的なこととして高く評価されるべきですが、その反面、これまでは一部のプロだけが手掛けていた投機的な取引手法を試みる個人投資家が増加することにもつながっています。
アメリカで一種の社会問題化してしまっている「ティードレーダー」は、その典型的な例です。
ティードレーダーとは、もともとティートレーディング(一日の取引終了時に手仕舞う日計を指す)を行うプロのトレーダーを指す言葉です。
アメリカでは、一九九〇年代に入って、ナスダック市場の小口注文自動執行システム(SOES)を利用しながらマーケットーメーカーが提示する気。
配値を変更しようとするタイミングの一瞬のずれに注目して集中的な発注を行い、気配値が変わった後に反対売買を行って利益を上げるというティートレーディング業者が増加しました。
有カマーケットーメーカーなどは、こうした取引を手掛ける業者を「SOESの盗賊」などと呼び、投機的で市場の秩序を乱す存在だとする非難を繰り返してきました。
ところが、オンライントレードの普及とともに、専門業者によるティートレーディングの手法が個人にまで広がり始めたのです。
オンライン証券会社としては大手のデーテックやECN(電子証券取引システム)の一つであるアッテイッのように、かつて「SOESの盗賊」のレッテルを張られた業者がリテール向けビジネスに進出する例も現れました。
最近では、ブルータイムのティードレーダーの数は全米で五千人とも二万人ともいわれます。
本格的なティードレーダーとまではいかなくとも、別に仕事を持ちながらトレーダー感覚で頻繁に売買を繰り返す投資家の数は数百万人にのぼるようです。
ティートレーディングの方法を指南する本が個人投資家の間で人気を博し、トレーディングのシミュレーションなどで技術を磨く「学校」まで登場しています。
通常のオンライントレードよりもリアルタイムの情報やチャートを充実させ、処理速度も速めたティードレーダー向けサービスを売り物にする証券会社も増えています。
中には、プロのトレーダーと同じ取引端末を設置したオフィスを投資家に開放している証券会社もあります。
この場合、発注にインターネットを使うわけではないので、コストはかかりますが、スピードが速く注文執行も確実だといいます。
もっとも、ティートレーディングは、プロの業者でも必ず儲けられるとは限らないリスクの高い取引手法です。
実際、にわかティードレーダーとなった個人投資家の中には大きな損失を被る人も少なくないようです。
九九年七月には、損失を出したティードレーダーの一人が、取引をしていた証券会社の支店で銃を乱射するという事件が起き、ティートレーディングの社会―的問題点が大きくクローズアップされました。
州レベルの証券市場監督機関の団体である北米証券監督者機構(NASAA)が「証券投資はギャンブルではない」と投資家に自制を訴える一方、ティートレーディングを行ったほとんどの投資家が損失を被っているといったデータを用いながらティートレーディングの問題点を指摘する報告書を発表するなど、規制強化の動きもみられます。
とはいえ、頻繁に売買を繰り返すティードレーダーは、オンライントレードを行う証券会社にとって収益源となる得意先です。
手数料の価格破壊が進行してしまった現在では、取引件数を増やすことが証券会社の経営を安定化させる最も簡単な手段ともいえます。
オンライントレードの取引件数上位を占める証券会社の中には、ティードレーダー向けサービスを売り物にする会社が少なくありません。
既存のオンライントレード大手の証券会社にも、最大手のチャールズーシュワブが毎日一口座当たり六件以上もの取引があるティードレーダー向け証券会社サイバーコープを買収するなど、ティードレーダー向けサービスを強化しようとする動きがみられます。
わが国でも、手数料完全自由化以降、手数料の水準を引き下げながら取引件数を増加させることで収益の確保を図るといった観点から、「ティードレーダー募集」といった形での投資勧誘を行う証券会社が現れています。
アメリカのティートレーディング証券会社のように、自社の施設を投資家に利用させるというのです。
インターネットを通じたオンライントレードでも、ティードレーダーを志向する顧客をターゲットにしようとする証券会社もあります。
もっとも、わが国では、いくつかの理由からアメリカ的な本格的ティートレーディングは成立しそうにありません。
第一に、わが国では、証券取引における差金決済は、先物取引などの例外を除いて原則として禁じられています。
このため、ある株式を買い付けた直後に売却し、その代金をさらに買い付けに充てるといった形で売買を膨らましていく手法をとることはできません。
アメリカのティートレーディング証券会社は、独自のポジション管理手法を用いながら、一定限度までこうした投機的な売買を認めているのです。
第二に、アメリカのティードレーダーは、常時売りと買いの気配値を提示するマーケットーメーカーと呼ばれる証券会社や、一定量までの注文を最良気配を提示しているマーケットーメーカーのもとに送って自動的に執行するSOESなど、ナスダック市場に特有の仕組みをフルに活用しながら成長してきました。
オークション方式が基本とされ、対当する注文がなければ売買が成立しないこともある東京証券取引所などわが国の取引所市場では、ナスダック市場のティードレーダーのような売買行動は困難でしょう。
こうしたわが国株式市場の環境を見きわめたうえで、アメリカのナスダック市場でティードレーダー的な取引を行う国内の個人投資家が現れているといわれます。
アメリカの証券会社のオンライントレードを利用し、ナスダック市場の通常取引時間帯(つまりわが国の深夜の時間帯)に売買をしようというわけです。
そうした投資家向けの指南書も現れていますし、中にはわざわざ渡航してアメリカのティードレーダー向け「学校」で研修を受ける投資家もいるといⅣ章で改めて触れますが、わが国の個人投資家が、アメリカの証券会社のオンライントレードを利用することは、必ずしも違法ではないにせよ、様々な問題点をはらんでいます。
しかも、ティートレーディングそのものに大きなリスクが伴うことも考え合わせれば、あまりお勧めできる取引の方法ではないでしょう。
深夜に起きていなければナスダック市場で取引できないわが国の投資家は、アメリカのティードレーダーよりも不利な立場にあるということも見逃せません。
インターネットを通じたオンライントレードが、個人投資家にとっての投資の世界を拡大していくのは歓迎すべきことです。
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